認知症の利用者を避難させる声かけと誘導

介護施設やグループホームで働く方から、「避難訓練で認知症の利用者さんが動いてくれない。本番ではどうすればいいのか」という相談を受けます。認知症の利用者を避難させるには、力で動かすのではなく、声かけと誘導の工夫が必要です。この記事では、介護職員に向けて、現場で使える声かけの考え方と、誘導の動き方、そして平時にできる準備を、私の救助現場の経験を交えて整理します。認知症の症状や医学的な対応については、それぞれの専門職の判断を優先してください。

なぜ認知症の利用者は避難を拒むのか

災害時、認知症の方は「何が起きているのか」を理解しにくく、警報音や職員の慌てた様子そのものが恐怖になります。知らない人に急に腕をつかまれれば、誰でも抵抗します。避難を拒んでいるのではなく、状況が分からず身を守ろうとしている、と考えると対応が変わります。私が救助現場で高齢の方に接するときも、まず自分が敵ではないことを伝えることに時間を使いました。それが結果的に一番速い方法でした。

避難の声かけで意識したいこと

声かけの基本は、「短く」「肯定的に」「いつもの言葉で」です。「火事です、逃げてください」という言葉は、聞く側に恐怖と混乱を与えます。代わりに「〇〇さん、外の空気を吸いに行きましょう」「お茶の時間なので、あちらへ行きましょう」といった、日常の延長として動ける言葉が有効な場合があります。

  • 正面から目線を合わせ、名前を呼んでから話す
  • 一度に一つの指示だけを伝える(「立って」「こちらへ」を分ける)
  • 大声や命令口調を避け、落ち着いた声で繰り返す
  • いつも使っている呼び方や、本人が安心する言葉を使う

受講者からは「訓練ではうまくいったのに、本番の警報音の中では聞こえなかった」という声もいただきます。音の中でも伝わるように、手のひらを見せて「こちらへ」と示す、腕を軽く支えて方向を示すなど、言葉以外の合図を組み合わせることが大切です。

誘導の動き方と、動けない場合の判断

誘導では、職員が前に立って引っ張るより、横に並んで一緒に歩く形が落ち着きやすいとされています。歩ける方は、日ごろ仲の良い利用者同士を一緒に動かすと、周囲につられて動くこともあります。歩けない方は、車いすやシーツを使った搬送になりますが、その際も「今から車いすに移りますよ」と一言ずつ伝えてから動かします。

どうしても動いてくれない場合、火災で煙が迫っているなら、安全を優先して職員二人で抱えて移動する判断が必要になります。ただし、これは最後の手段です。無理に動かして転倒させたり、職員がけがをしたりすれば、他の利用者の避難が止まります。少人数の夜間では特に、「この人に何分使えるか」を意識し、扉を閉めて煙を遮りながら、応援を待つ選択も含めて判断します。

平時にできる準備

最も効果があるのは、利用者一人ひとりについて「この人にはこの声かけが効く」という情報を、職員全員で共有しておくことです。安心する言葉、好きな話題、拒否しやすい場面、歩ける距離。これを個別の避難計画に書いておけば、夜勤で担当が違っても対応できます。

訓練では、避難経路を「散歩コース」として日常的に歩いておくと、本番でその道を進むことへの抵抗が減ります。警報音を聞く機会をつくり、音そのものに慣れてもらうことも一つの方法です。また、家族に平時から「災害時はこうした声かけで避難します」と説明しておくと、本人の安心する言葉を教えてもらえることがあります。

認知症の利用者の避難に向けて明日やること

まず、担当している利用者について、避難の声かけに使える言葉を一人ひとり書き出してみてください。次に、その情報を夜勤者も見られる場所に置く。そして、次の訓練では、警報音を鳴らした状態で、声以外の合図も使って誘導してみる。認知症の利用者を守る避難は、日常のケアの積み重ねから始まります。

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