消防職員の惨事ストレス|「強くあれ」が隊員を追い詰める

「悲惨な現場の後、隊員の様子がおかしい。でも本人は大丈夫だと言う」。消防本部の安全衛生担当の方から、こうした相談を伺います。この記事では、消防職員の惨事ストレスとメンタルケアについて、「強くあれ」という文化がなぜ隊員を追い詰めるのか、そして組織として何ができるのかを、元消防士の経験から整理します。

消防の惨事ストレスとメンタルケアが後回しになる理由

私は福岡市消防局と米国での救急活動を通じて、子どもの死亡事案、多数の傷病者、同僚の負傷など、忘れられない現場をいくつも経験しました。当時の日本の消防では、そうした現場の後に「大丈夫か」と聞かれることはあっても、「大丈夫じゃない」と答える選択肢は事実上ありませんでした。強くあることが職業上の前提であり、弱さを見せることは隊の信頼を損なうと考えられていたからです。

しかし、惨事ストレスは弱いから生じるものではなく、人として当然の反応だとされています。それを「気持ちの問題」として扱う限り、隊員は隠し、反応は長引きます。

「強くあれ」が隊員を追い詰める仕組み

惨事ストレスの反応には、眠れない、現場の光景が繰り返し浮かぶ、些細なことで苛立つ、出動前に体が重くなるといったものがあるとされています。問題は、隊員がそれを感じた時に「自分だけが弱い」と解釈してしまうことです。周囲も同じ現場を経験しているのに平然として見える。実際には皆が隠しているだけなのですが、隠し合う組織では、誰もが「自分だけ」と思い込みます。私自身、米国で活動後の振り返りの場で仲間が率直に語るのを見て、日本での自分がどれほど無理をしていたかに気づきました。

組織としてできる三つの備え

第一に、悲惨な現場の後に「話す場」を仕組みとして持つことです。個人の希望に任せると、誰も手を挙げません。出動の種類に応じて自動的に実施される形にすることで、参加すること自体が特別ではなくなります。

第二に、幹部や隊長が自分の経験を語ることです。「私もあの現場の後、しばらく眠れなかった」という一言が、隊員にとっては何よりの許可になります。

第三に、専門家につなぐ経路を明確にしておくことです。組織内で抱え込まず、産業医や外部の相談先へ早めにつなぐ判断の目安を、あらかじめ決めておきます。上司が「様子を見よう」と判断を先延ばしにする間に、本人が限界を迎えることが少なくありません。つなぐ判断を個人の裁量にしないことが大切です。

家族への視点も忘れない

惨事ストレスの影響は家庭に現れることが多いと感じています。職場では普段どおりに振る舞えても、家では口数が減り、家族が最初に異変に気づきます。家族向けに、惨事ストレスの基本と相談先を伝える機会を設けている消防本部もあります。隊員本人だけでなく、隊員を支える人を支える視点が必要です。家族が「こういう反応は起こりうる」と知っているだけで、家庭内の衝突が減り、本人が相談へ向かうきっかけにもなります。

安全衛生担当が明日からできること

まず、過去一年で「重い現場」があった隊を思い浮かべ、その後に何らかの振り返りが行われたかを確認してください。行われていなければ、それが最初の改善点です。次に、幹部研修で惨事ストレスを取り上げ、幹部自身が語れる状態をつくってください。受講者からは「自分が若い頃に感じていたものに名前があると知り、部下への接し方が変わった」という声をいただきます。強さとは、弱さを認めない態度ではなく、弱さを扱える組織にいることだと私は考えています。

参考資料:https://xrescue.jp/PDF/FDPTSD.pdf

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