「厳しくしないと現場で死ぬ。でも、どこからがパワハラなのか分からない」。消防本部の幹部や署長の方から、こうした悩みを伺うことが増えました。この記事では、消防組織でパワハラが起きる構造と、指導と理不尽の線引き、そして研修を含めた組織としての防ぎ方を、元消防士の立場から整理します。
消防のパワハラ研修が「他人ごと」になる理由
私は福岡市消防局でレスキュー隊員、救急隊員、消防士として勤務しました。当時を振り返ると、怒鳴られることは日常で、それを「愛のムチ」と受け止める空気がありました。命を預け合う仕事だからこそ、緩さは許されない。その考え自体は今も間違いではないと思っています。
問題は、その「厳しさ」が指導の目的から離れ、人格否定や見せしめ、私的な感情のはけ口に変わっても、周囲が止められないことです。閉鎖的な当直勤務、上下関係の強さ、異動の少なさ、失敗が命に直結するという緊張感。これらが重なると、理不尽な行為も「消防ならこんなもの」として温存されてしまいます。パワハラ研修を受けても、多くの職員が「うちは指導だから関係ない」と感じるのは、この構造を前提に語られていないからだと私は考えています。
指導と理不尽を分ける三つの問い
私が研修でお伝えしている線引きは、難しい定義ではありません。次の三つの問いに、指導する側が自分で答えられるかどうかです。
- その言動は、相手の「行動」を直す目的か、それとも「人格」を責めているか
- 同じ内容を、上司や家族、記者の前でも同じ言い方で言えるか
- 相手が翌日、より安全に動けるようになる見込みがあるか
訓練でロープの結索を間違えた隊員に「この結び方だと荷重で解ける。もう一度やろう」と言うのは指導です。「お前みたいなやつがいるから隊が危ない」と皆の前で繰り返すのは、行動ではなく存在を否定しており、翌日の安全にはつながりません。厳しさの強弱ではなく、方向が違うのです。
被害者が声を上げられない組織の特徴
消防のハラスメントで深刻なのは、被害者が「言えば自分が現場から外される」「異動先がない」と考えて沈黙することです。私の経験では、問題が表に出るのは、本人が限界を超えて退職したり、家族が外部に相談したりした後で、組織にとって最も高い代償を払う形になっています。
相談窓口を設けるだけでは足りません。窓口の担当者が加害者と同じ署内の先輩であれば、誰も使いません。外部の相談先、匿名で状況を伝えられる仕組み、そして相談した人が不利益を受けないことを幹部が繰り返し言葉にすること。この三つが揃って初めて、声が上がり始めます。
幹部が明日からできること
まず、自分の署で「あの人の指導はきつい」と噂される職員を思い浮かべてください。その人は多くの場合、技術も現場経験も優れています。だからこそ周囲は口を出せない。幹部がやるべきは、その人を切ることではなく、「あなたの技術を若手に残すために、伝え方を変えてほしい」と直接伝えることです。
次に、当直明けの会話や訓練後の振り返りを、幹部自身が少しだけ覗いてください。パワハラは会議室では起きません。現場と訓練場と食堂で起きています。
消防のパワハラ研修を「行動が変わる」場にする
研修を法令の説明で終わらせず、自分の署の訓練風景や指導の場面を題材に、「これは指導か、理不尽か」を参加者同士で議論する時間をつくることをお勧めします。受講者からは「自分が若い頃に受けた指導を、今は部下にそのまま繰り返していたと気づいた」という声をいただきます。厳しさを捨てるのではなく、厳しさの向きを揃える。それが消防組織のパワハラを減らす、現実的な道だと私は考えています。
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