「せっかく採用した若手が、数年で辞めてしまう」。消防の教養担当や人事担当の方から、この数年で最も多く伺う相談です。この記事では、若手消防士の育成と離職防止について、なぜ「背中を見て覚えろ」が通じなくなったのかという背景と、今の時代に合った育て方を、元消防士の立場から整理します。
消防の若手育成と離職の背景にあるもの
私が消防に入った頃は、辞めるという選択肢がほとんどありませんでした。地元で消防に入れば一生の仕事、という空気があったからです。今は違います。民間企業の採用も活発で、転職は珍しくなく、若手は「この職場にいる意味」を常に比べています。厳しい訓練や当直勤務そのものが理由で辞める人は、実はそれほど多くないと私は感じています。辞めるのは「ここで成長できる見込みがない」「自分の存在が認められていない」と感じた時です。
「背中を見て覚えろ」が通じなくなった理由
背中を見て覚える育て方は、見せる側が優れた背中を持ち、見る側に十分な時間があることが前提でした。しかし今は、出動件数の増加と業務の多様化で、先輩に若手を見る余裕がありません。また、若手は学校や部活動で「目的と理由を説明される」教育を受けてきています。理由を聞くことは反抗ではなく、理解しようとしている姿勢です。それを「口答え」と受け取ると、若手は質問をやめ、やがて職場を離れます。
辞めていく若手に共通する三つのサイン
私の経験と、教養担当の方から伺った話を重ねると、離職の前には共通するサインがあります。訓練中の質問が減る、食事や休憩で先輩と同じ空間にいなくなる、そして「休みの日は何をしているか」を話さなくなる。これらは能力の問題ではなく、職場との心理的な距離が開いた印です。この段階で気づけば、面談や配置の工夫で立て直せることが多いと感じています。逆に、退職の意思を伝えられてから引き止めても、本人の中ではすでに結論が出ています。サインが出た時点で動けるかどうかが、離職防止の分かれ目です。
今の時代に合った育て方の四つの原則
- 「なぜ」を先に説明する(ホース延長の手順も、その順番でないと何が起きるかを最初に伝える)
- 小さな成功を言葉で認める(「できて当たり前」を口にしない)
- 失敗を訓練の中で経験させる(現場で初めて失敗するより、訓練で失敗して修正するほうが速い)
- 先輩自身の失敗談を語る(完璧な背中より、失敗から学んだ背中のほうが若手は近づける)
これは若手に甘くすることではありません。厳しさの内容を「怒鳴る」から「要求水準を明確にする」へ変えるということです。私が米国の救急隊で経験した指導は、手順の理由を必ず説明し、できたことを短く認め、できなかったことは次に何を変えるかで話す、という形でした。緩いどころか、求められる水準は明確で、ごまかしが利きませんでした。
教養・人事担当が明日からできること
採用から三年以内の職員に、上司を通さずに話を聞く場を設けてください。聞く内容は不満ではなく、「どんな消防士になりたいか」「そのために今の職場に何が足りないか」です。次に、指導役の先輩に「教え方」を学ぶ機会をつくってください。優れた隊員が優れた指導者とは限りません。受講者からは「自分が受けた指導をそのまま繰り返すことが、若手には伝わらない理由が分かった」という声をいただきます。若手消防士の育成は、組織の十年後の消防力そのものだと私は考えています。
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